株式会社アキボウ

AKIBO GALLERY

アキボウの歴史

第5章 飛躍の時代

筒路 登志男

生年月日
1953(昭和28)年7月22日
出身地
大阪府(大阪市)
最終学歴
立命館大学経営学部卒業
入社年月日
1976(昭和51)年4月1日
役員履歴
1998(平成10)年6月28日取締役
1999(平成11)年6月29日代表取締役常務
2001(平成13)年6月29日代表取締役社長

2001(平成13)年、大西一三第5代社長からバトンを引き継いだ筒路登志男は、当時47歳、初代以降では最年少の社長就任で、森田満専務取締役と大西康之助取締役(2003年より常務取締役)、前田俊彦取締役との4名の合議体制による経営を進めた。

2000年当時(第65期)の売上額は1967(昭和42)年以来の30億円割れ、社員総数は23名と最小限であった。喫緊の課題は売上と利益の拡大であり、財務体質の改善が求められた。

まず手を打ったのは、輸出の長期不良債権の防止であった。市場によっては、D/A(後払い契約)が恒常的条件であったが、売上よりも利益確保の原則をさらに強化、売上が減少してもやむを得ないとの強硬姿勢を堅持した。輸出においては、恒常的な円高やNIES(新興工業経済地域)諸国との熾烈な価格競争、生産の海外移転などの厳しい環境が続き、目標の売上の確保は容易ではなかった。しかし各期とも二十数億円を安定的に維持することができた。2004年4月10日、社員およびOB社員が集って創立60周年記念式典を開催、当社の歴史を辿り新たな時代での飛躍を誓った。

部品の仕入は大同工業株式会社と株式会社シマノの2社で過半を占めた。それら部品メーカーの生産拠点の海外移転の増加に対応して、2005年4月、バンコクに合弁会社CF AKIBO CO LTDを設立、タイ国内とアジア・世界各国にモーターサイクル関連部品を輸出している。

国内取引の基幹をなすのは、イタリアの名車「COLNAGO」、折畳み自転車の名門「 DAHON」、老舗の「FUJI」の3ブランドの自転車である。COLNAGOとは2003年に、またFUJIとは2005年に日本総代理店契約を締結した。ニッチ市場に特化した販売戦略と日本市場に特化した自社企画モデルの推進が功を奏し、折からの自転車ブームにも支えられて、2007年には売上金額が10億円を突破した。1989年に国内販売をスタートしてから18年目の快挙であった。2011年には国内売上が17億円に達し、停滞気味の輸出を補い、会社全体の収益向上に大きく貢献した。

2008年、アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻、それを原因として世界同時不況が起こった。欧州経済危機、中国経済の先行き不安、日本での製造業の空洞化への不安など、不確定要素が増えている中で、当社は、あえて今後の事業拡張に備えて社員増強を断行、40名近くの陣容となった。また2006年に全社員合意の下で、従来の退職金規定を廃止し退職金前払い制度を導入した。2007年6月、初めて女性取締役が誕生、2010年には取締役が2名とも女性となった。女性の能力を生かし、男女別なく実力本位で処遇するという経営方針に基づくものである。

森田専務取締役は2010年に、大西常務取締役は2011年に、それぞれ定年退任した。両名は、長年当社の輸出部門の最前線で主導的な役割を果たし、アキボウ時代は経営陣にあってさらに多大な貢献をした。

2014年4月、当社は創立70周年を迎える。社員全体の4分の3が勤続10年未満であり、若返った“TEAM AKIBO”は、さらなる飛躍に向けて挑戦を続けている。

京友禅メーカーとのコラボ作品La Cela(2002年)

2002年、京友禅メーカーとのコラボレーションによるLa Celaプロジェクトを開始した。自社ブランドの完成車La Celaは、アルミフレームに日本の四季をテーマに伝統のある手描き友禅の技法を施したもの。おしゃれを満喫するにふさわしい日本の伝統アートと自転車のメカニズムが融合、今までにないステータスアイテムである。この企画は当社の自転車企画・R&D推進のルーツである。

  • 代理店として初となるCOLNAGOカタログ(2003年)

    2003年、イタリアの世界最高峰ロードブランドのCOLNAGO社との間で国内独占販売に向けての両社間のプロジェクトが進み、専売代理店契約を結んだ。代理店としてCOLNAGOのカタログも作成、国内販売向けの準備が整った。

創立60周年記念パーティー(2004年)

2004年、創立60周年を迎えた。当時、輸出においては恒常的な円高やNIES(新興工業経済地域)諸国との熾烈な価格競争、生産の海外移転など厳しい環境が続き、積極的な展開を図る国内販売も安定的な収益確保には至っていない。このような状況ではあったが、4月10日にリーガロイヤルホテル大阪で創立60周年記念パーティーを開催、現役社員とOBが集い設立以来の歴史をたどり、新たな“創造の時代”への挑戦を誓った。

代理店として初となるFUJIカタログ(2005年)

FUJIは1899年に創設の日本ブランド、日米富士自転車の高級スポーツ車としてアメリカ市場に輸出していたが、アメリカのASI社(Advanced Sports Inc)の傘下となっていた。2005年7月、FUJIの日本はじめアジアへの市場拡大を狙うASI社との間に日本総代理店契約が発効。FUJI代理店として初めて手掛けたカタログには、FUJIの歴史を象徴する「誕生」「上陸」「凱旋」の文字が光る。

2008年度 DAHON、FUJI 、COLNAGOの 国内ディーラー・ショー(2008年)

2000年代に入ると原油価格の上昇が顕著となり、こうしたことを背景に、環境・健康・経済性(いわゆる新3K)を備えた乗り物として空前の自転車ブームとなった。スポーツ自転車を中心に拡大する市場に対し、DAHON・FUJI・COLNAGOはニューモデルをいち早く立ち上げ、国内ディーラー・ショーで発表した。
(写真はCOLNAGOの国内ディーラー・ショー)

FUJI 2012総合カタログ(2012年)と111周年記念モデル(2010年)

FUJIは初めての全カテゴリーブランドであり、総合カタログは年度ごとに改訂出版した。当社はFUJI国内限定商品の企画・開発も手掛け、日本市場にフィットしたスタイリッシュなFUJI自転車を世に送り出している。FUJIブランド誕生111周年を記念し、日本刀に由来するYAIBA(刃)と KISSAKI(切っ先)のモデルが発売された。日本刀の鍛錬と同様、職人の最高の技術と工程を経て製造され、世界各111台限定であった。

CYCLE MODE international 2010での「DAHON LAB STAGE」(2010年)

DAHON girlは2008年から2011年まで活動した、DAHONブランドの認知度向上とイメージアップを図るイメージガールである。国内最大の自転車イベントCYCLE MODE international 2010のDAHONブースではDAHON girl 3期生による折り畳み自転車を訴求するショー「DAHON LAB STAGE」が行われ、会場を大いに盛り上げた。

  • CYCLE MODE international 2011でのFUJIブース(2011年)

    2011年3月1日、東北に甚大な被害をもたらせた東日本大震災が発生、従来の環境・健康目的に加え緊急災害時の足として自転車を使用するユーザーが増加、自転車ブームに拍車をかけた。そのブームに対応すべく、当社3ブランドは例年以上に新モデルの発表時期を早めることとした。CYCLE MODE international 2011では、FUJIブースの華やかな展示が来場者の目を奪った。

新境地を開拓するMode COLNAGO(2013年)

世界中のサイクリストを魅了するCOLNAGOは、Ernesto Colnago氏が一代で築き上げたイタリアの老舗ブランドである。伝統的な自転車作りにこだわりながらも、新しい技術を探求し続けている。エヌビーエスは、イタリア本国展開商品のみならず、チタンフレーム等の日本オリジナル商品やC59、マスター特色等市場が要望するカラーリングのフレームを独自販売。常にマーケットを見据えた営業活動を展開している。

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